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【読書メモ】第8章「修復」平本毅(2017)『会話分析入門』

第1節 はじめに
191 相互行為を成り立たせるための前提となる発話の産出、発話の聞き取り、発話の理解にかかわるトラブルに対処する方法を「修復(repair)」と呼ぶ(Schegloff, Jefferson & Sacks 1977)。 この章では、修復が相互行為においてどのように組織だって行われているかについて学ぼう。
 
第2節 修復の対象
193 これらの例が示すように、修復はそれまでの発話や連鎖の進行をいったん中断し、トラブルの解決に向けて対処する手続きである。
 
193 修復における「トラブル」という概念にかんして2点ほど注意すべきこと
 
⑴修復が対処するトラブルは、上で述べたように、相互行為を成り立たせるための前提となる発話の産出、聞き取り、理解にかかわるトラブルであり、広義の「トラブル」、たとえば意見の相違による言い争いや人間関係のこじれ、苦情、非難などといった問題は含まない。もちろん、往々にして人々は相互行為の中でそうした広義のトラブルに対処するが、それらへの対処の方法はこの章で述べる修復とは区別される。重要な点は、修復は、ある発話を通じて遂行されるはずの行為がそもそも発行しないこと、あるいはその可能性に対処するものだということである。これに対し、言い争いや苦情や非難はそれ自体が発話を用いて遂行される行為の1種であって、そこでは行為は発行しているということである。
 
⑵修復が対処するトラブルは、必ずしも何らかの客観的な間違いや失敗とは限らない。このことは、次の両面から明らかである。一方で、話し手が発音、文法、言葉の意味などの点で明らかな間違いを含んだ発話をした場合でも、必ずしも修復が行われるわけではない。他方では、一見何の問題もないように思われる発話に対して修復が行われることもある。つまり、修復は「間違い」の「訂正」という行為に限定されない、より広範囲の現象を指す概念であるということを押さえておきたい。
 
194-5 つまり、修復の対象となるのは、何らかの客観的な基準(正誤、適切・不適切等)に照らして研究者が場面の外からそれを判定するものではなく、修復の手続きそのものによって参与者同士が互いに相手に示すものである。その意味では、発話のなかのありとあらゆるものが、客観的な正誤いかんにかかわらず、修復の手続きによって遡及的に修復の対象と位置づけられる可能性があると言えよう。
 
195 修復の手続きにおいて修復の対象と位置づけられる発話部分を「トラブル原」と呼ぶ
 
トラブル:参与者が直面している問題(たとえば、聞き取りの問題)
トラブル源:その問題に対処するさいに、修復手続きの作業対象となる特定の発話や発話部分のこと(聞き取りの問題の特定の聞き取れなかった発話など)
 
第3節 修復の過程
195 修復の過程は、「修復の開始」の段階、すなわちトラブルの存在をマークする段階と、「修復の実行」の段階、すなわちトラブルを解決する段階に区別できる。
 
196 修復開始と修復実行は、それを行う人がトラブル源に対してどんな関係を持つかに注目すると、それぞれ2つに区別できる。トラブル源の話し手自身が修復を開始した場合、それを修復の「自己開始」と呼ぶ。トラブル源の話し手以外の参与者が修復を開始した場合、それは修復の「他者開始」と呼ばれる。同様に、トラブル源の話し手自身が修復を実行した場合、それを修復の「自己実行」と呼び、トラブル源の話し手以外の参与者修復を実行した場合は「他者実行」となる。
 
197 修復の自己開始・他者自己実行の事例は話し手が「言葉探し(word search)」を始めたときに、探している言葉を他者が提示することで問題を解決するケースが多い。
 
198 修復の他者開始・他者実行は、他者による訂正の形を取ることが多い。ここでは、修復開始の段階と修復実行の段階が分離しておらず、03行目のミチエの発話が修復開始と修復実行を同時に行っている。
 
3.2 修復開始の位置
198 ここで記述する修復開始の位置とは、参与者が修復を開始するために利用できる機会(repair-initiation opportunity space)のことであり、そうした機会は以下で見るように連続して立ち現れる。重要なのは、ある機会で修復が開始された場合、それはすなわち、それ以前にあった修復の機会が利用されなかったためにその機会が利用可能となったということを含意する、ということである。
 
3.2.1 同じ順番内での修復開始
198 修復開始のための最初の機会は、トラブル源と同じ発話順番内において、すなわち、トラブル源を含む発話順番がTRF(移行適切場所)に至る以前に訪れる。同じ順番内は、修復の自己開始が行われるもっとも典型的な位置である。つまり、修復開始機会として利用できる最初の位置は、おもに自己開始のための位置なのである。
 
199 同じ順番内で修復が開始された場合、(1)(4)(7)に見られたように、その同じ順番内で、トラブル源の話し手自身によって修復が実行されることが多い。つまり、修復の過程が開始されてから修復の実行によって問題が解決されるまでが、1つの発話順番内で1人の話し手によって行われる場合が多い。これは、3.2.3で述べる他者開始修復の過程との大きな違いである。
 
3.2.2 移行空間での修復開始
3.2.3 次の順番での修復開始
200 修復がトラブル源と同じ順番内やそのあとの順番移行空間で開始されなかった場合、次に修復が開始されうる位置は、トラブル源を含む順番の次の順番である。同じ順番内や順番移行空間は修復の自己開始が行われる位置であったが、次の順番は修復の他者開始がもっとも典型的に行われる位置である。
 
3.2.4 第3の位置での修復開始
202 トラブル源を含む順番の次の順番で受け手が修復を開始しなかった場合、その次に訪れる修復開始は2種類ある。
①第3の位置での修復開始
②第3の順番での修復開始
→註:第3の「順番」とは、ある順番から数えて物理的に隣接した3つめの順番を指す。第3の「位置」とは、ある順番への反応が産出され(第2の位置)、それに対する反応が産出される場所を指す。第3の「位置」とは、ある順番から数えて物理的に隣接した3つ目の順番に現れることもあれば、そうでないこともある。
 
202 この2つに共通するのは、トラブル源を含む発話順番に対し、その受け手がそこに何もトラブルがなかったものとして反応を返したあとに、トラブル源の話し手が修復を自己開始して、自身の先行順番内にトラブル源があったことを遡及的に明らかにする、ということである。
 
202 第3の位置での修復開始では、トラブル源となる発話に対する受け手の反応が修復開始(および実行)に直接かかわる。具体的には、トラブル源となる発話(T1)に対する受け手の反応(T2)によって、受け手がT1について何らかの誤った理解をしていることが明らかとなり、それに対してT1の話し手が自身の先行発話内のある要素をトラブル源として修復を自己開始・自己実行する(T3)というものである。
 
204 注意したいのは、T2で明らかとなる受け手の誤解はT3での修復開始のきっかけとなるものではあるものの、トラブル源そのものではないということである。トラブル源はあくまでその誤解の源であるT1内の要素((11)では04行目の「あいつ」)であり、T3における修復の実行もその要素を対象に行われる。
 
3.2.5 第3の順番での修復
204 第3の順番での修復開始でも、トラブル源を含む発話順番(T1)に対し、その受け手がそこに何もトラブルがなかったものとして反応を返したあとに(T2)、T1の話し手がT1内のある要素をトラブル源として修復を自己開始する(T3)。両者の違いは、第3の順番での修復開始の場合、T3での修復開始にT2での受け手の反応が無関係だという点である。
 
204-5 前節の第3の位置での修復開始では、T2での相手の反応に表れた誤解がT3での修復開始の引き金となったが、ここではT2のマサキの反応はT3のユズルの修復開始に関与していない。
 
第4節 他者修復開始の発話形式
206 他者開始修復においては、他者は修復開始のみを行い、修復の実行はその次の順番でトラブル源の話し手によってなされる場合が圧倒的に多い。言い換えれば、他者は修復開始によってトラブルに直面したことを伝え、修復の実行をトラブル源の話し手に委ねる。多くの場合、他者修復開始に用いられる発話はトラブル源がどこにあるかを示す形でデザインされる。SSJ 1977 377
 
206 以下にトラブル源の所在やトラブルのタイプを特定する度合いが弱いものから強いものの順に、他者修復開始の形式を記述する。
 
4.1 無限定の質問
206 トラブル源の所在やトラブルの特定する度合いがもっとも弱い他者修復開始の形式は、「ん?」、「え?」、「なに?」などの「無限定の質問(open class repair initiator )」と呼ばれる。drew 1997
無限定の質問は、先行発話に何らかの問題があったことは表示するものの、先行発話のどの部分にかんして問題があったのか、そしてそれはどのようなタイプの問題なのかは明示しない。ゆえに、どのような修復を実行するのが適切なのかは、かなりの程度まで修復の実行者に委ねられることになる。
 
4.2 トラブル源のカテゴリーを特定する疑問詞を用いた質問
207 次のタイプは、「だれ?」、「どこ?」、「いつ?」などの疑問詞が単独で他者修復開始に用いられる発話である。無限定の質問が先行発話のどの部分に問題があったのかを特定しないのに対し、これらの質問は、先行発話内のどのカテゴリーの語(「だれ?」→人の指示、「どこ?」→場所指示、「いつ?」→時間指示)に問題があったのかを特定する。
何は?無限定の質問になる
 
4.3 先行発話の部分的繰り返しと疑問詞を用いた質問
208 4.2で見た方法は、先行発話内の特定のカテゴリーの語がトラブル源であることを示すが、もしもそのカテゴリーの後が先行発話内に複数あるならばそのうちのどれがトラブル源なのかまでは特定されない。これに対して、次の記述する他者修復開始の方法は、先行発話内におけるトラブル源の位置を浮き彫りにすることによって、何がトラブル源であるかをより明確に特定する。それは、トラブル源を含む発話の一部を修復開始の発話で繰り返し、トラブル源にあたる部分に疑問詞を用いることによってである。
「何の意味では?」、「誰から?」
 
⒋4  トラブル源の繰り返し
209 先行発話内のトラブル源となる部分を繰り返す発話も、他者修復開始の方法として用いられる。⒋3で述べたトラブル源の位置を特定する質問同様、繰り返しもトラブル源をピンポイントで特定する。そして、繰り返しができる程度にはトラブル源が聞き取れたことを表示する点で、疑問詞を用いてトラブル源の要素を相手に提示することを求める質問より、トラブル源にかんする把握の度合いは強い。
 
⒋5 トラブル源を標的に定めた内容質問
210 繰り返し同様、トラブル源を標的に定めた内容質問も、トラブル源をピンポイントで特定する。加えて、そのトラブル源にかんして、修復の開始者が理解の問題に直面していることも明確に示す。
「xってなに?」とい発話形式を用いて修復を開始する。
→「ガングリという語は聞き取れたのだが、それが何を指すのかの理解の問題に直面している」を示す
211 疑問詞を用いず、トラブル源の発話部分の引用のみで組み立てられた発話も同様の働きをする
 
213 トラブル源を標的に定めた内容質問は、トラブルのタイプが理解の問題であることを明示し、理解の障害となっている先行発話内の要素(あるいはその不在)も特定される。その一方で、疑問詞の使用からわかるように、トラブル源の要素にかんして修復開始者が何らかの理解を提示するのではなく、理解の障害を取り除く作業は修復実行者に委ねられる。
 
4.6 理解候補の提示
213 理解候補の提示によって他者修復開始が行われるとき、修復開始者はトラブル源の要素にかんして一定の理解を提示し、トラブル源の話し手にその理解が正しいかどうか確認を求める。理解候補の提示は、トラブル源の所在およびトラブルのタイプを明確に特定し、トラブル源の要素にかんする一定の理解を提示する点において、他者修復開始の方法の中でもっとも強い方法であるといえる。
 
214 理解候補の提示は、先行発話で明示的に言及されなかった要素を対象にして行われることもある。そのさいによく見られるのは、先行発話の統語構造に挿入して意味が成り立つような[名詞+助詞]の形式の発話を用いそれを上昇調で産出して修復開始を行うというものである(hayashi & hayano 2013)
 
第5節 修復と行為
215 上で述べたように、修復は相互行為を成り立たせるための前提となる発話産出、聞き取り、および理解にかんする問題、すなわち、コミュニケーションのチャンネルに生じた障害を解決するために用いられる方策である。しかしながら、特定の文脈において、修復のプラクティスが発話の産出・聞き取り・理解のトラブルに対処する以外の行為を行うための媒体として用いられることもある。たとえば、他者修復開始はしばしば不同意やその他の相手に歩調を合わせない行為(nonalignment)の前触れとして使われ、また受け手にそう聞かれる。
 

 

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