【読書メモ】山崎敬一・西阪仰編『語る身体・見る身体』

 第一章 語る身体・見る身体 西阪仰 PP.3−29

1 順番どりシステム
サックスの一つの驚き

「一時に一人が、そして一人だけが」しゃべっている

会話における発言順番の交替が一定のしかたでなされているから

ルールのセットがある
(1)会話の順番交替のルール

ルール群だけでは会話におけるいかなる事態も「決定」されない

重要なのは、そのつど発話がどうデザインされているかである

会話における発話のデザインは、(a)そのつど局所的に、(b)会話への参与者自身によって、(c)相互行為的に成し遂げられていく

順番どりシステムがのべているのはこのことである

 

2 相互行為のなかの行為
順番どりシステムが「モデル」と呼ばれることの意味?

(1)の「モデル」は、わたしたちが会話においてさまざまなかたちで使用することのできる資源を記述したものなのである

「モデル」が定式化されるならば、それは、実際の会話の具体的展開を記述するための道具として利用できる

(1)の定式は順番交替のメカニズムにかんする一般的な仮説ではない

したがって、その定式と「矛盾」するような事柄があったとしても、それはけっして、その「反証」にはならない

 

3 参与することとしての語ること
わたしたちが、順番どりシステムを通し見るのは、「談話の文法」ではない。相互行為(のなかの行為)がいかに組織されるか、である

語ることは、文法的に適格な文を発することではなく、社会的な活動に、すなわち相互行為に参与(participate)することである

話し手は、みずからの語りを、
(a)現在の発話が相互行為の展開上のどの位置にあるのか、
(b)受け手と語り手自身が何者としてそこで出会われているのか(インビュアー/ゲスト、他人/他人)、
に合わせてデザインされなければならない

発話をそのつどデザインしなければならないならば、相手の発言を注意深く聞くことが、決定的に必要となる。と同時に、そのつどの発話は、相手に注意深く聞かれるようデザインされなければならない

話すことと聞くことは、一体となって相互行為(における活動・行為)を達成する

 

4 「参与の枠組み」
「参与(participate)」という概念を、相互行為の分析の中心に据えたのはゴフマンが最初である

ゴフマンは受け手と一口にいってもいろいろな受け手がいることに注意を促している

直接語りかけれている者、他の受け手、盗み聞きなど

他方、ゴフマンによれば、発話者にもさまざま水準の参与のあり方がある

こうした話し手や受け手の布置をゴフマンは「参与の枠組(participation framework)」と読んだ

C.グッドウィンは、物語を語ること(特定の出来事について時間順に語っていくこと)が、一定の「参与の枠組」のなかで、語り手および受け手たちにより協同で達成されるものであることを、示している

サックスによれば、物語が語られるとき、それはその時の状況のなかにかんらかのきっかけをもっているはずだ。つまり、あることがその時その場で語られたのは、それがたんに真実であるから(だけ)ではあるまい(真実であることは、無限にある。なぜその特定のことがその時に語られなければならなかったかが、問題であるはずだ)

一般に、物語を語ることは、そこでなされている活動に埋め込まれ、その活動のなかで、なにごとかを成し遂げているためにもちいられる。そして、そのさい「参与の枠組」が重要な役割をはたしうる

グッドウィンの議論は、前節の会話分析の視点に連なっている。参与は一定の活動へのかかわり方であり、その活動をおこなうなかで、そのつどの発話がだれに合わせてどうデザインされているか、が論じられている

 

5 参与の社会組織
人びとがそのつどいかにして有意味なしかたで特定の参与者であるのかということ、そのこと自体を一つの社会現象としてみる見方があってもいい

当人たちは、自分たちの発話ならびに非言語的振る舞いをその場に合わせてデザインしながら、相互行為を成し遂げていく

 

6 結語
参与は会話分析の基本的なテーマである

会話分析は言語そのものに関心を持っているわけではない

むしろ相互行為の組織が重要なのである(相互行為にそのつど参与者たちがどのように参与していくか)

 

 

語る身体・見る身体

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